私が結婚する前から考えていたこと。
①結婚や出産のあとも、何らかの仕事を続けていきたい。
②でも、家事をおろそかにはしたくない。
③子供が生まれたらできるだけ一緒にいてあげたい。
この3つを満たせるものは、「自宅がオフィス」でした。
今から7年前、私は東京にて某携帯電話会社に勤めていました。
そのころ世間は、みんなが携帯電話やパソコンを持ちはじめ・・といった頃。
下っ端の私にも、パソコン1台とE-mailアドレスが渡され、会社の連絡事項は全て
パソコンでといった具合に、当時でもかなり最先端な会社でした。
その頃はごくごく普通のOLでしたが、頭のどこかしらには、「自宅がオフィス計画」が
あったように思います。
当時は「自宅がオフィス」として考えていた事業としてIT関連事業はまったく頭になく、
「10年後ぐらいに、お料理教室とかフラワーアレンジメントとかを自宅で」としか考えていなかった
ので、アフター5はそういったお稽古事に精を出していました。
大学から実家の富士宮を離れていたので、2年経った頃に親に就職先を用意の上、連れ戻され、
私の富士宮ライフがスタートしました。
勤めた会社は、表富士工業団地協同組合の事務局。
最先端の職場から、机の上にそろばんがおいてある職場へ。かなりの逆カルチャーショック!!
しかし、これが「ファインネットの仲間に合う」「今の仕事に出会う」一番の分岐点だったように
思います。
私は、事務局業務の電子化を推し進め、折りしも時代は「IT革命」が叫ばれていた時。
その波に乗って団地所属企業従業員のIT講習会開催へと事は運んだのでした。
勤めていた「協同組合」がどういう団体であるかがわかってきた頃、
このIT講習会がきっかけで集まった仲間に「協同組合」の設立を提案。その活動は現在に至ります。
私自身もこのIT講習会開催をきっかけに起業、同時に結婚し念願の「自宅がオフィス」を実現しました。
横浜に自宅兼オフィスを構えることになりましたが、約2年ほど月に3.4回富士宮を往復し
ファインネット協同組合の活動を支えてきました。
昨年は主人の転勤でスペインに滞在することとなったため、事業規模は縮小せざるを得ず、
定期更新などの継続案件のみの仕事量でしが、「自宅がオフィス」を異国の地でも実現させました。
7月に帰国。まだ、スペインでのゆったりとした時間の流れが抜けきれず、
日本のハイスピードさに戸惑っていますが、体の充電はバッチリなので、
徐々に活動を再開させようと思っているところです。
今後の目標は「ママになっても自宅がオフィス」(注:ヤワラちゃんぽく)です!
こうやって思い返してみれば、私の人生「Que sera sera」(なるようになるさ)でやってきたように
思います。そして、人との出会いは誰かがなるように導いてくれていると感じています。
そんな数々の貴重な出会いに改めて感謝して・・。
読んで頂いた方々とのこれからの出会いも楽しみにしています。
